【新越谷事業所】泉 | 越谷での障がい者福祉・就労支援の【stara(スタラ)】
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【新越谷事業所】泉
【新越谷事業所】泉
- 日誌 2021.3.15

こんにちは、新越谷事業所です。
心身の方、調子はいかがでしょうか?
季節時については、少しずつ過ごし易くなって来た頃合ですね。
ですが、そんな事は自身が背負っているものに比べたら、些細過ぎる事と感じる方もいらっしゃるかと存じます。
現在において、あなた自身の道の隔たりが骨頂であらせる時ならば、心中の程お察し致します。

さて、ここからは以前に”就労継続支援施設A型事業所は教育機関も兼ねている”とここでお伝えしたことより、今回は教育機関について述べていきます。

教育機関が果す機械的な役割を直球で言えば、保育の延長と捉えられます。
それを示し表す根拠として、学校で教わる事など99%その後の役に立ちません。
私は日常以外での因数の使い道を知っておりますが、あれだけ学校で因数を分解して、日常に因数は皆無です。

ただ、残りの1%だけはその身に備えておかなければ、大きく不便を感じる要素となります。
例えば、平仮名、カタカナ、アルファベット、ある程度の漢字、足し算、引き算、掛け算等がそれに当たります。
割り算などほぼ使いませんし、掛け算で代用が効きます。
では、この他に教育機関に通う事で得られる事とは何かについて見解します。

学校、特に公立学校には家庭環境を含め、多種多様な特色を持った子供が混在し非模範的教師が存在するのも事実です。
例えるなら、生きた教材の泉です。
教材に囲まれた中で、自身がどれだけ多くの事を気づき、精神の礎を創れるかが教育機関の本質的存在意義だと私個人は感じております。
学校は人から教わる場所ではなく、気付きを得るための空間と捉えております。
人が言ってた、人から聞いた教わった事は、”あー良い事言ってたなー”で終る割合が極めて高くなってしまいますが、自ら気付いた事は己の臓器に宿ります。

ただ、その点を開拓出来るか否かも、先天的なものが大きく影響しているのも事実だと存じております。
慈悲の道化を重んじて歩んでゆきたいものです…

弊社では訪れた方を快くお迎え致しますので、あなたのご応募を心よりお待ち申しあげております。